海洋空間壊死家族2



第1回

地震   2003.3.10



その朝
薄目青光る魔女は高らかに笑い
黒烏たちは森に縛り付けられたまま鳴き喚き
そして私は鏡を背負って旅に出た



地震と請求書は忘れたころにやってくる代表といわれるが、もう一つ忘れた頃にやってくるものがある。
それは女の年齢である。
いや書き方がまずいな。
女の加齢は毎年やってくるからそういうことではなくて、女に、自分はいくつに見えるのかと、年齢を訊かれることが、である。
これは滅多にないように思えて、実は頻繁に訪れる災害の一種である。
とくに春という季節は、その災害が起こる確率の高まる季節である。
猫の鳴き声のトーンや、新生活への不安とか、春のあけぼのにはいろんな物が昂然と高まっていくが、そういうやっかいな確率まで一緒に高まってしまうのがよくないといえばよくない。
3月4月は日本社会における節目にあたるため、周辺環境は一変し、万物は流転し、腸は捻転する。
こういう出会いの時期にはじめて出会う男女(とくに男女関係の起きそうもない男女)に、まるで春の蕾のようにそれはおとづれる。
一緒の昼飯にも慣れてきて、ちょっと冗談でも言えるような平和な関係を築きつつある、ある昼下がりの喫茶店で、昨日見たNHKの海外サスペンスの女優の話なんかからフと年齢の話題に移ろったときに暗雲は群雲のごとく湧き起こる。
そしてそれは巧妙かつ慎重に仕組まれたウスバカゲロウの幼虫がごとき狡猾なる意図を持った、阿鼻叫喚地獄の罠なのである。
何しろそういう話が好きだからね。
しかし、あるとき私は偶然にその対処法というものを身につけ、人間社会で生きていく上でのレベルを3つも4つもかけあがったのである〜♪
これからお伝えする方法を身につけてしまえばもう懼れるものは何もないのである。
いざまいらん。

「何歳だと思う?」 「何歳に見えますか?」
前者は年上の(と思われる)女性から、後者は年下の(と思われる)女性から発せられた言葉である。
この時いうまでもないが、男はよく考えて発言しなければならない。
常識的に考えて実際の年より上を答えてはいけないから、男のCPUはムーアの法則をワキ目にしつつ、過剰放電気味にハイスピードでめまぐるしく計算をし、回答例を示し、その中から妥当と思われる回答を抽出、さらにそこから整数5をさっぴいてから音声拡幅装置(口)にout putするという、途方もない徒労を行っているわけである。
一般的な公式にあらわすとy=f(x)/3t−5となる。
しかし、まあたいていの人が経験しているように、このtを過剰に見積もってしまうために実際の年齢より大幅な下方修正かつ硬直的な隔たりをもって口に出し、気まずい、「そんなわけないでしょ」という、春のなまあたたかい風がイヤな汗をかかせる午後のアバンチュールとなるのである。
ちなみにtは副交感係数、xは期待計数であり、tは女性の年齢が自分より上に見えるとき大きくなる傾向があり、xは自分がその女性と異性として仲良くなりたい場合に大きくなり、たいていの場合tとxは反比例する。
まあそれはともかくみんなが知りたい知りたい解決法である。
これは計算公式も何も要らない画期的方法である。
あなやいざまいらん。

まず年齢を訊かれたら、見たままの年齢をズバッと言う。
女は、例のないあなたの反応にギョッとするだろう(先のあなたの回答で満足した場合、女は不気味な笑みを浮かべながら首を軽くゆするので、ここでその話題はめでたく終わりを告げる)。

例@
実年齢のほうが下だった場合=年を高いめに言ってしまった場合

これは従来であればその女性の勢力範囲内での自分の人格的失地を意味する、絶叫断崖あとずさり的状況ではあるが、ここで変な言い訳をしてはいけない。
落ち着いて次のような模範回答を。
;足がホソかったから(キレイだったから)
この回答は心理学的にいうと、弁証法的段階接近法と呼ばれ(?)、年をとったことによって得られる、というか加わっていく身体的、精神的何かを誉めそやすことで、その年をとったという事実を肯定的に感じさせるやり方である。
しかし今思ったのだが、年をとって足が細くなるというのは理論として一般に流布しているのか、という疑問があるがそれはまたの機会に検証するとして次に。

例A
実年齢のほうが上だった場合=年を低めに言った場合

これは男性精神衛生上は「助かった」という状況ではあるが、女心と秋の空。
天気予報を見てもよくわからないのが女の心である。
だいたい、若く見られたことによる一義的な悦びで満足せず、どーして若く見られたのか、その判断根拠は?えっ、どーなの?どーして!?と幼稚園児気味に深く追求してくるのが不可思議だが、それが一般的な二次反応なのである。
そういう時はこう答える。
;若い娘が好き
この特定の対象をもたない「若い娘」に、果たして私(女性)は含まれるのか含まれないのか?
それとも私の年齢に対するこの男のさりげない賛歌か暖かい祝辞か?
ややもすると意味、真意をつかみかねるボーバクとした返答に、女性はただなんとなく「そう・・」と春の日の縁側のため息のように心穏やかに、ひいふっとぬるくなったお茶をすするしか方便はなくなるのである。
別にこの「好き」というところは浅い意味での好きだからそれほど逡巡することはない。
でもそれによって受けたしょーもない被害、障害については一切責任を負いかねますのであしからずご了承ください。

ちなみに@の場合にAの回答をするというような症例を取り違えて口にした場合あなたは次の日からJR各駅の段ボールマンションで眠ることになる。
なーむー。
「何歳に見える?」「うーん45歳くらいですか」
「38なのよ」「若い娘のほうがいいですねえ」





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