海洋空間インドネシア旅行記



第2日
2005年5月16日(火)
     2006.2.9 公開

よく晴れた朝のスカル・ヌサ・リゾート
気持ちよく晴れた

7:00起床、簡単に身支度を整えて朝食をとりにレストランへ向かう。
外に出ると朝からかなりの暑さを感じる。
やはり直射日光、太陽の光量、熱量が日本とはまったく違う。
雲と青空がスカッと気持ちのよい、快晴。

トーストベーコンハムスクランブルエッグ
チキンの入ったお粥も食べてみたが、
これは辛いものが大の苦手の僕にとってはどうにも辛過ぎて食べ切れなかった。
頼む時に店員に訊いたら「そんなに辛くないよ!」と言っていたんだけど、
東南アジアや韓国ではこのようなことは往々にして起こりうる。
あとはフルーツ盛り合わせも。
これはとても美味かった。
マンゴパイナップルオレンジといったジュースたちも当然みな果汁100%、と言うか、
生の果実をそのまま絞っているだけなので濃厚ですこぶる美味。


チキンの入ったお粥
これがチキン入りの辛いお粥

敷地内をブラリと歩き回ってから部屋に戻る。
昨日の夕方に見た光景とはまた違い、
午前の陽光の下で見るスカル・ヌサ・リゾートも美しい。
特にメインプールの美しさは秀逸。


美しいメインプール
中庭もなかなかの景観
芝生の庭は広々と開放感たっぷり
快晴の青空と相まって、スカル・ヌサ・リゾートのスケールと美しさもより一層

部屋ではNHK BS1を観たり、庭でボーっとしたりして少しの時間をノンビリ過ごす。
11:00チェックアウトしてまた少しホテル周りをうろついたりした後、
11:30の定刻を数分遅れてやってきた迎えのヴァンに乗って空港へ向かう。

この日登場したガイドは名をグスティといい、とても日本語が上手い。
これなら安心だ。
どうやら昨日現れたスリというガイドは臨時のヘルプだったみたいだ。

ヌーラハライ国際空港の入り口でガイドのグスティと早くも別れ、
いよいよコモドドラゴン観察のお膝元?
フローレス島ラブアンバジョーに移動するため今日はドメスティック、
国内線の方へ。
こちらは国際線のロビーの雰囲気に比べてさらにまた素朴で牧歌的だ。

搭乗まで1時間ぐらい時間があったので、空港内のお土産物店などを見て回る。
規模の割りに店が多く、また木彫り細工の店や本屋などは見ているだけで面白い。
トイレに入ったら、男子小用の便器の上の壁に
観賞魚入りの大きな水槽が3つほどはめ込まれていてビックリした。
おしっこしながらシクリッドやプレコやコリドラスが眺められるなんて最高じゃないか。


小便器の上にはめ込まれた観賞魚の入った水槽
小便をしながら魚を鑑賞できる素晴らしいトイレ

何事も定刻があってないようなもの、というのは言い過ぎだとしても、
少なくとも日本のそれよりは遥かに厳格性が薄く
信頼性も低い諸国においてありがちなケースと言えるかも知れないが、
チケットに印刷されている情報によると13:30発のメルパティ航空はこの時、
定刻より10分早い13:20には我々乗客を満載して
すでに滑走路から飛び立っていたはずである。
遅れるのはちょっと勘弁だけど、こんなズレ方ならむしろ歓迎だ。


メルパティ航空のプロペラ機に乗り込む
インドネシア国内線、メルパティ航空のプロペラ機に乗り込む

この便に使用されている機体はプロペラ式で、
客席は真ん中の通路を挟んで左右2席ずつ、
確か14列あったから14×4=56人乗りと、
ちょうど大型観光バスぐらいの大きさのイメージ。
シートはほぼすべて埋められており、日本人と思しき乗客は僕ら2人だけ、
あとは数人のローカルらしき人々の他はほとんど白人だった。
これから向かうフローレス島、ひいてはそこを拠点とするコモド海域
世界有数のダイヴィング・ポイントとしても知られている。
この白人たちもダイヴァーなのだろうか。

飛んでいる間、
小さな窓を通して眼下に見える島々や真っ青な海洋にやや興奮を覚える。
ケニア旅行に行った際、マサイ・マラ国立公園へ向かう時に乗ったプロペラ機を髣髴とさせる。


コモド空港
小さな小さなコモド空港

飛行時間は1時間30分ほど、15:00前ぐらいにフローレス島
ラブアンバジョーのその名もコモド空港に着陸する。
空港とは名ばかりのような細長い掘っ立て小屋風平屋作りのコモド空港、
メチャメチャ小さい、当然のことながら。
飛行機の荷室から手押しのカートに山積されて運ばれてきたバッゲージの受け渡しも
この上なくアナログだ。
そして到着ロビー(と呼べるような代物ではないが、イメージ的に)の外、
ガラス越しにお迎えのガイド、タクシーの客引き、頼んでもいないポーター、
その他種々のいかがわしさを感じさせるたくさんの人々の浅黒い顔が
一様にこっちを向いて張り付いている。
その中に僕たちの名前が書かれた紙を掲げたオッサンを無事発見、
トランクを受け取った後、合流を果たす。

ここ、フローレス島でこれから足掛け4日間に渡って世話をしてくれるガイドの名は
メウス
この地域にはまあ当然というか、
日本語を話すことのできるガイドはいないのでコミュニケーションは英語で。
独特のインドネシア語訛りの強い英語でよくしゃべるこのメウスというガイドは、
愛想もよくなかなかしっかりしてるっぽい。
ドイツ語も話すことができるらしい。
移動の車中、フローレス島についての様々な情報(人口とか宗教とか)を
彼はほぼ休みなくしゃべり続けた。
ちなみにインドネシアという国全体で
もっとも高い割合を占めるのはイスラム教徒らしいが、
この島ではおよそ75%がキリスト教、カトリックの信者だという。
確かにこの時乗っていた車内にもキリストの像ととマリアの肖像画が飾られていた。
また、首都・ジャカルタや、
数年前にディスコで起きたテロによる爆発も記憶に新しいバリ島などと違って、
この島は凶悪犯罪とは無縁で、住人の心も優しく平和的なところである、
と熱く語っていた。
※2005年10月1日、再びバリ島で爆弾同時テロが発生した。

道中、海沿いにある食堂に寄って遅めのランチ。
僕はフライド・ライス、妻はチキンカレーを食べた。
見ると、「PADI」などの看板を掲げたダイヴ・ショップも多い。


途中、海沿いの食堂に寄ってランチ
海沿いの食堂でランチ

ほどなくして車は港へ到着。
ここから年端もゆかぬ少年たちが操る漁船のようなボートに乗り換え、
宿泊地であるバトゥゴソックという地へ向かう。
バトゥゴソックというところはラブアンバジョーと同じフローレス島にあるんだけど、
陸路がないために船での往来となっているようだ。
半島状に突き出ている島の最西部を回り込むように北上して、およそ40分の道のり。


ラブアンバジョーの港で漁船のような船に乗る
年端もゆかぬ少年たちが操る漁船のような船に乗ってバトゥゴソックへ

船上で、これから4日間のざっとした日程の説明を聞く。
明日はコモド島にクルーズしてコモドオオトカゲを見た後、
そのままコモドダイヴィング
明後日は野生のコモドドラゴンが生息するもう一つの島、リンチャ島に行き、
その後は近くのビーチでスノーケリングという予定。
聞いているだけでもう、非常に楽しみ。

ここで言及しておくと、通常のコモドオオトカゲ観察パッケージでは、
フローレス島2泊3日、オオトカゲを見るのは中日の1日だけ
行き先もコモド島かリンチャ島のどちらか状況次第、と定められている。
でもコモドドラゴンを見ることこそがこの旅行の主目的である僕にとって、
それではどうしても心許なく、
滞在を1日伸ばしてコモド島とリンチャ島ともに出向いて
ドラゴン観察が2回になるように旅行代理店にアレンジしてもらい、
さらにはダイヴィングも追加してもらったのである。

そういえば船に乗っている時、ガイドのメウスに「学生か?」と訊かれた。
やっぱり日本人ってそう見えるのか(それとも俺が?)。
それよりメウス、あんたこそ37って、俺と6つしか変わらんのか、オッサンよ…。


バトゥゴソックへ向かう船上
気候は気持ちよいのだが、いかんせんエンジン音がうるさい…

緑に包まれた島嶼や青く澄んだ海が絵葉書のように美麗な夕刻の小航海を終え、
船はバトゥゴソックへ着いた。
ここはかなり遠浅の海底構造になっていて船があまり海岸に近づけないため、
300〜400メートルはあろうかというとても長い桟橋が沖に向かって伸びている。
その長い長い桟橋を歩きながら下を覗くと、サンゴ礁や戯れる小魚たち。


この長い長い桟橋の向こうがバトゥゴソック、プリ・コモド
遠浅なため、上陸するための桟橋がとても長い

渡り終えて大地に足を踏み入れるともうそこはすぐに僕たちが泊まるホテル、
プリ・バグース・コモド(単にプリ・コモドとも言うらしい)の入り口が出迎えてくれる。
散見したところ、このプリ・コモドの敷地外はぐるりと熱帯植物群が繁茂しており、
どうやらバトゥゴソックという土地にはこのホテル関係以外、
人が住んでいるところはないようだ。
いきなりコモドドラゴンの木彫りが飾られた小さなロビーで振る舞われた
ウェルカム・ドリンクのタマリン・ジュースがメッチャ美味い。
チェックインした後、ラブアンバジョーの都市部に住んでいるというガイドのメウス
また船に乗って帰っていった。


島の入り口で迎えてくれる「プリ・コモド」の看板
長い桟橋を渡って島に入ると、すぐに「プリ・コモド」の看板が出迎えてくれる

プリ・コモドの素朴なロビー
いかにも無骨な、プリ・コモドの円形ロビー

行く前は、バリ島はともかくこのプリ・コモドでは我々が普段慣れ親しんでいる
利便性に満ちた文明的な生活とは大きく隔たった生活を余儀なくされることだろう、
と予想して覚悟はしていたが、その想像よりは数段にも現代的で、
また清潔なところだな、と思った。

部屋はコテージ・タイプで、ジャングルの中に林立しているというカンジ。
全部で10棟ほどだろうか。
そして敷地中央部を占める大きな中庭部分は
芝生も短く刈られて手入れが行き届いており、
またブーゲンビリアやハイビスカスといった花たちが目に鮮やかに映える。


まさにジャングルといった趣のプリ・コモド
後ろに見えるわらぶき屋根の建物が、客室となっているコテージ

コテージの中は、
広さこそないものの小さな2つのベッドにはきれいな蚊帳がきちんと吊られており、
電気も点くしシャワーも出る。
ただシャワーはお湯なし水のみ
そして便器はTOTO、こんな果てまでも進出しているか、日本企業。
電話と冷蔵庫は備わっていない。
冷蔵庫はレストランの厨房内に大型のものが設置されていたが、
電話については見る限り、ロビーにもなかったし、
電線の類もまったく見られなかったので多分このホテル内のどこにもないと思う。
電気は自家発電であるようだった。


小さなベッドには蚊帳が装備されている
僕でも少し足が出そうな小さなベッドには熱帯には必要不可欠、蚊帳が装備されていた

水しか出ない簡素なシャワー
水しか出ない、竹の筒一本でできた簡素なシャワー

そして従業員、といっても何だか一見、お手伝いに来た村の若者たち、
みたいな人たちだけど、彼らもとても親切でカンジもいい。
特にトニーアリーという、
おそらくここでは比較的指導的立場にある2人の青年には滞在中、よく世話になった。

僕が旅行前にリサーチした限り、
日本のどんなガイドブックにも登場していないプリ・バグース・コモドだけど、
なかなかどうして充分にアトラクティヴな、
そしてプリミティヴなネイチャー・リゾートじゃないか。

すでに時刻はサンセットの頃、プリ・コモドの西にはすぐ海が広がっており、
あの長い桟橋越しに、水平線に沈む美しい夕陽を眺めることができる。
僕たちが海岸へと向かって歩いていると、
コテージの1室から出てきた白人青年もカメラと三脚を持って、
「昨日はサンセットを見逃してしまったんだよ」などと言いながら
海岸へ飛び出していった。


あの長い桟橋の向こうに沈む夕陽
こういった情景こそが異国、桟橋の向こうに沈む夕陽は絶景

夕陽を見た後、部屋に戻って食事の前にシャワーを浴びる。
やっぱり水だけはちょっと辛いかも!?
浴びているうちに慣れることは慣れるけども。

20:00、夕食をとりに、ロビーの横に建っているレストランへ。
といってもサーヴに当たってくれるのは出迎えてくれたトニーという青年たち、
ここではフロントやウェイターなどといった分業など存在していないのだ。
でもテーブル・セッティングなんかはウソみたいにしっかりされていて、
フレンチ・レストランよろしくナプキンもきれいに折りたたまれているし、
クロスもかけられ、カトラリーもきっちり並べられている。
おそらく経営者はかなりの程度ウェスタナイズされていて、
先進サーヴィスを学んで採り入れているのだろうと思う。


レストランの客は僕たちだけ
海と森の発する音しか聞こえない、
闇の中のレストランにゲストは僕たちだけ

フルーツカクテルサラダミネストローネボロネーゼ
イカのリング揚げなどを食べる。
ちなみにイカは現地ではカラマリというみたいだ。
どれもこれも文句なく美味い。
特に、パッションフルーツバナナマンゴーをヨーグルトで和えた
フルーツカクテルサラダはメチャウマで、
結果的にこの晩から3夜連続でオーダーしてしまった!
ちなみに妻はミネストローネをいたく気に入り、これまた3日連続で!


毎日必ず食べたフルーツカクテルサラダ
パッションフルーツとバナナとマンゴーの入ったフルーツカクテルサラダ
僕はこれをプリ・コモドにいる間ずっと食べた

あたりはもうすでに真っ暗。
熱帯の海と、ジャングルのような森に囲まれ、
それらの発する音しか聞こえない中で食べる夕食というのは実に不思議で、
また格別なものである。
まさに非日常の世界。

ゲストは僕たちの他には、夕方出会った一人旅の白人男性のみであるらしい。
スタッフのトニーにいろいろ聞いてみたら、
意外とロシアやヨーロッパからの客が多いようで、
日本人は今年に入って僕たちで計11人だとのこと。
この日の我々以外の唯一の客、件の白人男性は、
プリ・コモドにとって今年初めて、唯一のアメリカ人ゲストだそうだ。
そして今日、明日は暇だけど、
明後日はベルギーから14人ほどの団体客が到着するらしい、そりゃ大忙しだな。

22:00頃には蚊帳つきベッドに潜り込んだ。
部屋の外からは何ものか分からない、
今まで耳にしたことのない生き物の鳴き声が聞こえる。
余談ながらレストランに置いてあったオーディオ・ミニコンポもPanasonic製品だった。




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