海洋空間佳本


犬から見た世界 犬から見た世界」★★★★☆
アレクサンドラ・ホロウィッツ
白揚社

2025.12.20 記
犬と暮らす私たちが、彼らとの生活を通じて体感し確信とともに理解しながらも、明白な言葉の形で説明する理屈は持ち合わせない…といった類の様々な機微を、心理学者である著者が科学的に証明し解説してくれる書…という風に冒頭を読んで認識したが、もちろんそのようなくだりは本書の大部分を占めるけれども、最終的には科学の限界を暗に示すことによって理論的な説明を半ば放棄し、再び人間という動物の一種として得る情緒的な感覚に帰結していく…という流れが極めて自然で美しいと思った。
終盤、"朝の大事な時間"以降、掉尾に至るまでの50ページ弱は、まさしく犬とともに生きる人間の魂から立ち上る語り掛けであり、珠玉の文学である。

科学者の立場から著者が解説している数々には無論、感銘を多く受けた。
極端に視覚に頼りがちな人間に対し、犬は嗅覚が最優先である…とこれまでも聞いたことはあるが、改めてそのことが良く理解できた。
犬は人間と違い、"匂いに慣れる"ことがないから追跡等が可能になる…というメカニズムには特に膝を打った。
ただ視覚についても決して人間が全面的に勝っているわけではなく、例えば動く物体に対する反応や暗闇の中で光を感知する能力等は犬に軍配が上がる、という我々が経験としてなんとなく分かっていることがしっかり裏付けられている。
同様に、犬とともに暮らす者の感覚としてはとうに腑に落ちているはずの、犬が持つ観察力とそれに付随しわずかな予兆を察知して人間の行動を読む力や、歴史の中で人間とともに長い間歩んできた犬という種は、ある意味では類人猿をも超える認知能力を備えているという事実等が、科学による傍証の披歴とともに理路整然と説明されている。
犬はオオカミとは異なるという立脚点から始まる、パック理論の明確な否定にも説得力がある。
日本での翻訳版発売は2012年と決して新しい本ではないが、古さは一切感じさせない。
改めて、犬から教えられる本質的な生き様と、犬を犬たらしめることの大切さを確認した。

綴られている内容は、まさに認知心理学であり、全然真面目に勉強していなかったものの、一応心理学を専攻していた不肖私の大学時代を思い出した。

序盤のバンパーニッケルとの思い出スケッチの中で、ブドウを食べさせているシーンがあり、それは大きな驚きだったが…?

「じつは犬のほうではすでに、本の助けも借りず、人間を訓練するやり方を心得ているのだ。」
「わたしたちがもっとも密接に結びつくのは言葉が止むときである。」
「彼らは自分たちが見るのを予期しているものではなく、実際に見るもの、直接見る細部に、はるかに関心をもつ。」
「犬は『見ること』をやめない。足を引きずって歩く人を。歩道に旋回する落ち葉の突撃を。わたしたちの顔を。」
「人間には、人間の優越性を確証しようとする衝動があるーそのためにわたしたちは比較し、違いを探る。だが犬は、高貴な心をもつがゆえに、これをしない。」
「抽象的思考なしに生きるというのは、すべてがその場に限定されたものに終わるということである。直面するどの出来事もどの対象も、唯一無二のものとなる。おおざっぱに言えば、これはまさにその瞬間を生きている状態である。思いわずらうことのない生活だ。」
「『匂いの視覚』をもつ犬たちは、わたしたちとは違う速度でものを見ているということだ。」
「わたしたちが見ていると思っているもの、それは良き科学の対象ではない。だがそれは満足をもたらす相互作用の光景なのだ。」





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