海洋空間佳本


帰れない山 帰れない山」★★★★☆
パオロ・コニェッティ
新潮社

2022.6.9 記
じわりじわりと、良質の青春映画を観ている時のように、ページが進むにつれて、郷愁にも似た静かな感慨が胸の中に満ちてくる。
できるならばいつまでも作中の世界に浸っていたい、と思わされつつ、ピエトロの視点に同化してその半生を追体験するうちに、名状し難い寂寥感に包まれる…そんな一面も持ち合わせている。
父親が生きているうちに歩み寄ることはできず、二度と会えなくなって初めてその心を解ろうとする…という運命は哀しいことだけれども、実の息子である自身以上にその父親の傍に寄り添っていた友と力を合わせ、父親がお膳立てを整えた安住の地に家を造り上げたまさにその時、3人の連環もまた完璧な形で出来上がるとともに、すべてのわだかまりは消えて、報われたように感じた。

「おまえの親父さんと山に登ったときのことを憶えてるか?」
「憶えてるとも」
「俺は、ときどきあのときのことを考えるんだ。あの日に見た氷は、谷底まで行き着いたと思うか?」
「いや、まだだろう。きっとまだ旅の途中じゃないのか?」
「俺もそう思う」

私もまた、"八つの山"を巡っているのだろうか。

日本にも里山の原風景を描き、急峻な峰々や渓谷を舞台とする作品は少なくないが、アルプスという荘厳な山岳世界を懐に抱くヨーロッパの国々には、またそれらとはスケール感を異にする文学の名作が誕生する素地がある、という事実を思い知ることができた。

余談になるが、いわゆる"山男"たちの気質は万国共通なのかな。
イタリア人というと、陽気で話好き、というステレオタイプのイメージを抱きがちだが、今作に出てくる人物はおしなべて寡黙でコミュニケーションも不得手なタイプばかり。
人が開放的になるのはもっぱら温暖な海辺のエリアが中心で、自然環境が厳しい山に生きる人々は総じてその対極にある、というのは古今東西を問わない真理なのかもしれない。





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