海洋空間佳本


時間は存在しない 時間は存在しない」★★★★☆
カルロ・ロヴェッリ
NHK出版

2020.10.18 記
新書のようなタイトルに思わず釣られて手に取ってしまったが、専門領域に深く踏み込んだ科学者だけが知覚しうる世界の観方を、極めて分かりやすく平易な言葉で説明している良書だった。
訳文も素晴らしい。

ニュートン力学からアインシュタインの相対性理論、そして量子力学などへと連なる物理学の系譜が序盤では丁寧に解説されている。
特に量子論についての説明は門外漢にも抜群に理解が容易いのではないだろうか。

中盤以降は学界全体の共通認識から離れ、著者が提唱するループ量子重力理論に軸足を置いた解説に移っていくが、その過程、「あれ、時間に量子の考え方が適用されるというロジックが端折られているな…」と思っていたところ、見事に第八章で明快に語られ、疑問は氷解した。
耳には何となく馴染みがある、エントロピーが実は時間の発生や不可逆性と密接に関わっている、という説には感嘆させられたし、森羅万象すべては各々の相互作用の産物であるのだ、と言われたら、そうなのかもねと、抵抗なく腑に落ちた。
いずれにせよ、客観的な唯一の真実というものなどない、と考えることが本質なのだと、本書を読んでいるうちに自ずと感じられてくる。
科学エッセイの形を取りながらも、第三部では思索の展開が一気に難解さを増していくが、これこそが著者の言いたかったことなのだろう。

突き詰めれば、自然科学は哲学。
そして哲学こそが、この世を歩むのを楽にするツールになるのかもしれない。





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