海洋空間佳本


弥勒 弥勒」★★★★★
篠田節子
講談社

2008.12.19 記
私の場合正直言って、「篠田節子の書く本は面白い」という固定観念に近い予断を持って読んでいる、という影響もあるのかもしれないが、まあこれもいつもの篠田節が炸裂しているじゃないか。
町田康や辻仁成、あるいは古川日出男に皆川博子といった諸氏と同じように、人心の深奥に響く文学性とエンターテインメント性とが見事に両立している作品を、この人は書く。
「弥勒」も例外ではなく、良質のミステリーを読んでいるかのように、「この先はどうなるんだろう?」と早くページを繰りたくなる気持ちを読者に感じさせつつ、同時に読む者に、我々の人生とは畢竟何なのか、という根元的な問い掛けを投げつける。
生きるとは、生まれるとは、死ぬとは、喰うとは、救いとは、文明とは、自然とは、愛とは、いったい何なのか。

そしていつものことながら名人芸だなあ、と思うのだが、高邁な観念も分かりやすい平易な言葉と文脈で綴られているので、ともすれば説教臭くなりがちな登場人物の発言やモノローグもスッと心に入ってくる。
「結局自分は、死ぬまで出口を探し続けるのかもしれないと思った」。
「殺し、殺されることによって成り立つ人の生を救済するものはあるのだろうか、とふと思った」。
こういった独白に共鳴している自分に気付き、あたかも荒野に独りぽつねんと佇んでいるかのような想いに至ることがある。





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