海洋空間佳本


底なし淵 底なし淵」★★★★★
村田久
山と渓谷社

2022.5.17 記
簡にして要という他ない、夢枕獏氏の序文からしてまず、いやが上にも期待は高まる。

本編を繰っていくと、そこで展開されるのは、まさに「釣りキチ三平」のような世界。
東北地方の深山幽谷ほど、幻想譚がよく似合う舞台はないだろう。
かつて都から逃げ延びた落武者がひっそりと構えた里の系譜に連なる集落が多いと聞くが、そのような経緯も、種々の伝説が生まれることになった素地として見事な出自であると推察できる。
しかしながら、描かれているような空気が満ちていたのはおそらくは昭和までで、今は規模の大小こそあれど、隅々に至るまで開発という名の悪手が伸ばされ、沢の主が潜んでいたはずの淵も、無粋で醜いコンクリートの護岸で覆われているのかと思うと、関わりのある当事者ならずとも、何とも言えぬ寂寥に包まれる…。

本書の紹介には"エッセイ"とあるが、もちろん著者が実際に見聞した体験を綴っているのだとしても、あまりに美しいその筋運びと情景描写、そして物語の締め方は、もはや"幻想小説"である、と断じる方がふさわしいように感じた。

"カワシンジュガイ"のエピソードを読んで、私も小学生当時、牧野池でブラックバスを狙っていた際、ルアーでカラスガイを釣り上げたことがある、と思い出した。





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