海洋空間佳本


テスカトリポカ テスカトリポカ」★★★★★
佐藤究
KADOKAWA

2025.4.30 記
書き出しから最短距離を全力疾走、一切の虚飾を排した硬質な時がひたすらスピーディかつリズミカルに流れていく様にまず圧倒される。
そのスピード感にようやく読者が慣れ始めた頃、眼前で構築されつつある物語の持つスケールの大きさに刮目することになる。
本質はあくまでハードなノワール小説であるが、それぞれが一冊の本の芯にも成り得るテーマが惜しげもなく幾つもそこに複層的に絡め合わされ、あたかも太い柱の数々に支えられる巨大な楼閣のよう。
ところどころで垣根涼介氏の「ヒートアイランド」シリーズを想起させられるな、と思ったが、こちらに楽観的な明るさは微塵もなく、行き着く先に待ち受けるのは破滅以外に考えられない…という暗澹たる予感が満ちているばかり。
コシモが初めてシェルターを訪れる時、まさしく、これまで用意周到に進められてきた緻密な計画に綻びが生じる瞬間の音がはっきり聞こえた気がした。
これは、サヴァンナの草食動物のような用心深さで生き永らえてきたバルミロの警戒心が不思議と機能不全に陥った瞬間であり、後から考えると無意識下における緩慢な自殺だったのではないか…とでも思わない限り、腑に落ちなかったりもする。

深淵なる古代文明の神秘性と、麻薬カルテルが牛耳る危険なカオスという、ラテンアメリカの今昔を象徴する二つの顔が吐き続ける黒い煙に覆われ、現実を忘れて耽溺していくのは、容易に得難い珠玉の読書体験だった。
入魂の大傑作。
私の言葉ではこの深淵さを表現し尽くすことは到底叶わない。





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