海洋空間佳本


夏への扉 夏への扉」★★★★☆
ロバート・A・ハインライン
早川書房

2025.4.16 記
これは今のルンバを見て書いているのか…? と思わず錯覚を抱いてしまうような家事ロボットの描写はさすが。
もちろん現代の状況とはそぐわない部分もあるが、1950年代に著されたという事実に驚愕させられる鋭い考察や予見が随所に見られることにまず感銘を受ける。
今はともすれば言葉が独り歩きし始めている感もあるが、本来の"AI"というものに繋がっていくような発想も見事。
月は無慈悲な夜の女王」に登場するAIにも度肝を抜かれたが、その母体とも言えるコンセプトがここにあったか。
そして、科学技術に対するハインラインの哲学と呼んでも良い姿勢が、文章全体を通じて十全に感じられる作品でもある。

そういったいわゆるSF然とした面において秀でている他方で、男女の三角関係やビジネス絡みのもつれといった、生身の人間が織り成す粘性の高い愛憎劇もしっかり描いている点こそが、この作品を傑作たらしめていると、若干の意外さとともに感じた次第。
さらには、時間旅行というSF作品にはごくありふれたテーマについても極めて情緒的に迫っており、ある意味で非常に人間臭かったりする。

結末はまさしく絵に描いたような大逆転劇のサクセスストーリーとしてまとめられているが、取って付けたようにもなりかねない露骨な捻りを排した素直な展開が、心地良いとさえ感じられる。
温故知新。

「結局は人間を信用しなければなにもできないではないか。まったく人間を信用しないでなにかをやるとすれば、山の中の洞窟にでも住んで、眠るときにも片目をあけていなければならなくなる。いずれにしろ、絶対安全な方法などというものはないのだ。ただ生きていることそれ自体、生命の危険につねにさらされていることではないか。そして最後には、例外ない死が待っているのだ。」





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