海洋空間佳本


あの子とQ あの子とQ」★★★★★
万城目学
新潮社

2025.7.30 記
果たしてこれをどう面白く物語に仕立てるのだろう…と一見して不安になってしまう微妙な初期設定でありながら、あれよあれよという間に不思議なほど巧みに料理されているではないか…という見事な手腕は本当にいつも通り。
特に今作では第2章以降ぐわっと一気に加速度を増していく馬力がものすごく、弓子たちがクボーに乗り込んで大立ち回りを繰り広げるクライマックスが文字通りの見せ場となっている。
まさか宙に浮かぶトケトゲの生えた奇妙な球体を題材にして、読者の琴線にここまで訴えかける物語になろうとは、露ほども思わなかった…。
新世界より」で、無間地獄の刑に処されるバケネズミに感情を揺さぶられるのに似ているだろうか…知らんけど。
著者にとってはまさしく会心の当たりと言っていいのではないだろうか。

乱暴に一言で括れば"永遠の青春ノスタルジックファンタジー"、子供の頃に「はてしない物語」を読んだ時に感じた類の心情が無意識のうちに浮かび上がってきたような印象を得た。
あるいは長じてからは「かがみの孤城」に対しても同種の感慨を抱いたように記憶している。

著者の万城目学氏は、長く森見登美彦氏といわばセットのような捉え方をされてきた側面もあるかと思うが、京大周りの人間がにやりとほくそ笑む作品を書く人、という印象は近年薄れてきた。
そっち系はそっちでもちろん充分楽しめるのだが、小説家として円熟し懐が広がってきたのだなと、僭越ながら古くからの読者として素直に感じる。

余談ながら、吸血鬼サイドの名前には"きゅう"と読める漢字が入っている?
右馬三郎がその法則から外れているのが少し気になるところだが…。
一点、複数の自転車が前後に組む隊列はフォーメーションではなくトレインですよ万城目さん…。





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