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2007年3月17日(土)

法治国家とは、何だ

先輩と喧嘩して気分が優れない、疲れ果てた土曜の夕刻。

堀江貴文被告に懲役2年6月という実刑判決が一審で出た。
大方の予想を裏切る厳しい量刑だったが、“正しい情報開示をせず、粉飾決算を強行して投資家たちを欺いた”点が悪質と判断されたようである。

彼を個人的に庇うつもりなどは毛頭ないが、それでも客観的に考えて、この判決が公明正大、中立公正なものであるとは私には皆目思われない。
ちょうどタイムリーな時期に起きたもんだけど、日興コーディアルの幕引きがあれで、ライブドアがこれ?
堤義彦氏の例も然り、誰がどんな虎の尾を踏んだのかは知らないけれども、少なくとも民主的な法治国家とされているこの日本において、「潰す」とロックオンされた者は必定捕らえられ、「逃がす」と判断された者は生かされる、という厳然たる現実が改めて示されたに過ぎないように感じる。

同じ科学と名付けられながらこのあたりが自然科学と異なり人文科学のややこしいところで、つまり、○○学、と定められたそのフィールドにおいて、自然科学はその名の通りに人の手では曲げようのない客観的かつ不変な法則に万事が従うものだが(厳密に言えば自然科学においても、たとえば観測者が対象物に影響を与えるとか、物理法則も一定ではない、という理論もあるようだけど、ここでは置いといて)、法学や経済学、文学などの人文科学一般の内にあっては、その世界を支配するルールを定めるのは常に人であるから。
円の面積はどこに行っても何時代でも政権が交代しても、半径×半径×円周率、というのは変わらないけど、これをやったら犯罪になる、という基準はコロリコロリといとも簡単に変容する。

たとえば、成人がミドルティーンエイジャーと性行為をする、これは日本においては法律あるいは条例違反とされ、処罰の対象となる。
初潮が訪れ、または精通が済み、生理的には繁殖可能とみなされ性交を許されたとしても、近代民主主義国家において広く渡っている社会通念や常識の下で照らし合わされてそれが「いけない!」ということになり、その価値観に則った法律が制定されれば、たとえ昨日まではおおっぴらに行われていたことであってもすなわち犯罪になる。
そしてこういったスタンダードは極めて不安定。
犯罪行為を定めるスタンダードを決めるスタンダードこそが、無形で実体のないものだから。

さらにやっかい極まりないのが、同じ基準の中で同じことをしても、断罪されるケースもあればされないケースもある、という現実。
日興コーディアルは上場廃止すらも、見送られた…。
堀江被告は投資家を欺いたことが悪質、らしいが、ワル度合いで言えば国民全体を欺いて虚偽の公金使途報告を行う代議士の方がよっぽど上を行っている。
しかし「毎日5000円の水を飲んでいる」と言い張っている大臣がそのことによって牢獄に繋がれることはまずないだろうし、血税を使って家族旅行に行っている都知事が横領罪に問われることもおそらくないだろう。
ちょっと話は逸れるが、厚労相の「女は子供を産む機械」発言の時にはキャンキャン噛み付いていた民主党の攻撃の手が、今回の農水相に対してはどうにも甘い気がする。
件の失言の折には「そんなんどうでもいいから早よ予算審議せえよ!」とこちらが思うほどに揚げ足を取ってすっ転ばそうとしていたクセに、やはりこの種の問題(カネ)になると党を問わずに叩けば埃が出るからなのか、矛先が鈍い鈍い。
国民を愚弄している度合い、という観点からいけば、実のところ此度の方が遥かに腹立たしいことなんだけれど。

○○罪、○○法違反、と一目で分かる記号的な罪状で呼び表されることはないかもしれないが、国民の義務として否応なしに徴収され支払っている我々の税を、世間を欺いて代議士が私的に使用していることと、少なくとも自らの意志で株式市場で取引を行っていた投資家を一企業が粉飾決算で欺くこととを比較した場合、前者の方が圧倒的に悪質なんでないの、と個人的には強く思う。
操作した額の多寡や社会に与えた影響の大きさ、などの尺度で罪の軽重を判断することは根本的に誤っている。

生かす者は生かされ、殺す者は殺される。

突き詰めて考えてしまえば、法律や条約や条例を含め、この世のすべての“人が決めたルール”は所詮幻想に過ぎないとも言える。
日本国憲法が基本的人権を保障していることは大人なら誰でも知っているけれど、その憲法が謳う“基本的人権”とやらがそこかしこで頻繁に侵されている、という事実もまた、誰もが知っている。
だから結局、目に見えず実効もしないそんな法など、逼迫している個人にとっては、存在しないに等しい。
“人間らしく生きる権利”、さらには“生きる権利”なんてものを本当は国家が保障してくれるわけなんかあるはずがなくて、自分で勝ち取る以外に術はない。
ウシやウマやイヌやブタが、「お前は食用だから殺されなさい」とか「お前は脚が速いから人間の金儲けのために走っていいよ」とか「お前は金持ちの家で大事に飼われるんだよ」とか定められるのと相似であるように。
そもそもが警察機構というものは、いつの世もどんな社会であったとしても、「現体制を保守する」、ということが至上命題なのだから、当然それが遂行するべき任務の内容も政権が変わればカメレオンの体色のように変わるわけで、すなわち絶対基準でなく相対基準。

そんな不確実な判断基準を抱えた公権力が人の生を握り左右する、そういう法治国家に私たちは住んでいる。

ひょっとしてアナーキズムの端緒か?


本日の夙川の桜のつぼみ。
先週先々週と撮った小枝がなんと今日見たら伐採されてなくなっていて、少し寂しい。

夙川の桜のつぼみ


♪ Walrus - Ministry


コメント

ホリエモンの事件で株主が「全財産を投げ打って
株主へ補填してほしい」と言う意味が解らないのです。

株ってギャンブルじゃないの?
そういうリスクはつきものじゃないの?

同様に西武が「栄養費」をあげていた問題も、
何が悪いのか解りません。

来て欲しいからお金を払った。
行く約束をしたからお金を貰った。

ヘッドハンティングと何が違うの?

編集長、おせーて。

精緻に見ていけば、ライブドアという会社が虚偽の報告を元に株価を上げていた、という事実が認定されるなら、確かに株主に民事賠償する責任はあると思います。
ただ、それが罷り通るのなら、もっともっと賠償しなければいけない企業や政治家や実業家がたくさんいるはず、ということなのです。
西武の裏金渡しがもっともいけないのは、一場(楽天)の学生時代に同種の問題が発覚した時に12球団で「こういうことはやめよう」と取り決めをしたんですが、その取り決め以後も続けていた、ということだと思います。
こうした手法が堂々と認められれば、本来資金力や人気の面で劣る球団にも公平に戦力を分配しよう、という意図で行われているドラフト制度の根幹を否定することになります。
まあ希望枠ができた時点で甚だ怪しかったわけですが…。
ただこれに関しても、「氷山の一角」という認識が巷間には強いんじゃないでしょうか…。

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